林檎でダイエット 佐々木倫子氏
昭和60年前後に連載された1巻完結ものです。
主人公は双子姉妹ですが、表紙の右側の女性ビジュアルはほぼ”動物のお医者さん”の菱沼さんです。
第一話:椿館
あらすじ;主人公一人目、就職浪人の姉は現在椿にハマっている。非常に欲しい品種があるが、ポケットマネーで買える金額ではない。しかし、とある方法で月々椿を買うお金を妹に内緒で溜め始める。
安定の恋愛要素ゼロのお話です。ミステリー調の独白で始まり、盛大にバカバカしい結末に向けて妹の調査と推測が展開されていきます。今回登場した姉妹、管理人の息子が主要人物となっています。この一話目で3人の大体の性格などが紹介されています。
ちなみに主人公姉妹の名前の響きがとても好きです。姉は雁子(かりこ)、妹は鴫子(しぎこ)。…何でしょう…小粋やお洒落とは程遠く、可愛いわけでもなくむしろダサい。しかし何度でも聞きたい名前です。
第二話:美人
あらすじ;姉との馬鹿馬鹿しい日常に辟易気味の妹。気分を立て直すため、書店のインテリ風店長と知的会話を試みるがうまくいかない。書店にたまたまいた美人を思い出し、美人になれば状況が良くなるだろうと考え、姉と共に美容活動に力を入れ始める。
ゲストキャラは書店の中年インテリ風店長と美人女性です。
カッコイイお洒落な生活を目指し、破綻していく過程が素晴らしいと思います。また、美人になろうとする方法もエラく庶民的で好感度爆上がりです。
話の軸は店長をめぐる三角関係となりますが、ブレることな馬鹿馬鹿しく展開していきます。また、美人が登場しても決してエコひいきしません。何かしらイケていないところをガッチリ描きます。今回のお話では美人のストッキングを伝染させ、それを広げてかつみっともなく泣かせています。フツー美人のストッキングは伝染しません。
第三話:白衣の天使
あらすじ;美術大学生のはずの妹だが、よく医療関係者だと勘違いされる。今回、とある男性に看護婦だと勘違いされる。そんな中姉が体調不良、怪我などで連日病院通いをする羽目に。するとなぜかいつも同じ男性と鉢合わせになる。男性が何者か推測が始まる。
今回は妹の学生生活がクローズアップされています。専攻科目も塗装工芸というマニアックなさです。使用する塗料の匂いと病院の消毒液の匂いを結びつける相変わらずの絶妙な着眼点です。塗装工芸学生の日常あるあるもチョコチョコ紹介されており、リアルに感じます。本当に上手だなぁと思ってしまいます。
そこに姉を体調不良のオンパレードにし、絡めていきますが、症状の出現にも流れがきちんとあり、ここら辺の丁寧さがお話の自然な流れを作るのに大切な気がします。
そして男性の謎の行動についても、一般的な人はそこまでしないけれども、ちょっとこだわりが強い人などはやりそう!と納得できますし、どこか抜けていて愛着すら湧きます。
私が感じている佐々木氏の魅力の一つに、メジャーな視点からちょっとズレた感覚を上手に入れ込んでくるセンスがあります。このお話では塗装工芸というジャンル。数ある芸術大学の専攻科目の中でわざわざ選ぶでしょうか。しかも結構ツウな情報を入れ込んでくれます。かといって情報をこれでもかとひけらかすわけではなく、あくまで必要な分を話の流れが壊れないよう入っています。ここが佐々木作品をスルメのごとく味のあるものとしている気がします。
第四話:林檎でダイエット
あらすじ;同じ体格の姉妹だが、最近姉が少々太り気味。普段から服の共有などをしているため体重を戻すよう妹に迫られる姉。妹の購入してきた雑誌にある林檎ダイエットを実行すべく、姉は自分の好きな旭という品種のりんごを求めて八百屋へ行く。
ダイエットネタです。少女漫画ではよくあります。しかし、佐々木氏が描くとそんじょそこらの世界観とは一線を画します。とは言え、ようやく恋愛らしい要素が現れます。もちろん胸キュンなど、何ソレ❓というレベルです。
ゲストキャラは八百屋のイケメン店主です。店主の勘違いにより、姉との関係が生まれ、お話が動いていきます。そしてモブでのゲストキャラ、妹の大学の先輩が絡むことにより、さらに展開します。第三話で妹の大学生活を紹介しておくことで、大学の先輩の登場が不自然になりません。
今回はすれ違いの面白さもあると思います。姉妹、八百屋、大学の先輩のそれぞれの思惑の違いで化学反応が起きていきます。
第五話:既視感のおかず
あらすじ;姉妹の食生活にスポットを当てた話。ある日の夕食を見て妹は思う。何処かで見たことがあると。人はそれを既視感(デ・ジャ・ヴ)と呼ぶ。記憶を辿ると昨日とおとついも同じような献立だった。そして調理担当の姉と一悶着が起こる。
毎日の代わり映えのない献立をテーマに一話作り上げる。これぞ佐々木倫子氏の真骨頂です。
日常のちょっとした出来事を丁寧に拾い出して選別し、これだけ構成を整えれば面白い話ができるという素晴らしいお手本だと思います。
このお話の個人的ハイライトは、夕食3日分の3コマと続く「姉 雁子」、「妹 鴫子」と睨みあるカットで締めた1ページです。この流れがたまりません。きちんと正確に描かれているのに全く華のない献立のショット、そして無言で対峙する二人。好きなのです。
そして庶民生活とは切っても切り離せない賞味期限問題。食あたりを起こすのか、回避できるのかとヤキモキした経験は一般庶民ならば誰しも経験があるはずです。
これでお話に動きをつけ、最後のオチは冒頭で出した忘れ去るくらいどうでもいい姉の気がかりを回収します。これらの巡り巡る回収がお話作りにはとても大事なのでしょう。
第六話:コミック・フェスティバル
あらすじ;趣味でひそかに乙女な絵を描いている主人公の男子大学生。
ある日、大学の先輩に誘われて引っ張り込まれたのが同人誌サークル『カデューシャス』。それからというものサークルのお姉さま方に振り回される理不尽な日々が始まる。
初期も初期の作品と思われます。絵もさることながらお話の作りも荒削りな印象を受けますが、ここから佐々木作品が進化していったのだと思うと感慨深いです。何か志そうとすれば多かれ少なかれ通る道です。上達過程を知るうえで大変貴重な作品と感じます。
第七話:降誕祭(クリスマス)ミステリー コミック・フェスティバルの続編です。
あらすじ;クリスマス・イブ、美術教師に押し付けられた南瓜を携えて帰宅するや、所属させられている大学のサークルより呼び出しがかかる。呼ばれた理由は、部室で使用するストーブの灯油配給を受け取りに行くというもの。主人公をこのサークルに引っ張り込んだ先輩(男)はもはや戦力外として存在してしない。たった一人でこの理不尽な女の園での戦いが始まる。
主人公がサークルの女性陣にいいようにこき使われる様をこれでもかと詰め込んでいます。
佐々木氏の作品には大体において理不尽、傍若無人キャラが存在し、良くも悪くも物語に動きを付けます。第六、七話はその原型を見ることができる重要な作品です。
番外:地図にない街1-4 1ページモノのエッセイ漫画コーナーです。
内容は佐々木倫子氏が怪我をした時、運悪く祝日で当番医の病院に行くために地図を見たところ、その住所の地名が載っていなかったというお話です。
書かれている通り、冒頭の怪我のお話は『白衣の天使』でも同じシチュエーションが出てきます。エッセイ漫画と本編を見ることにより、実際に起こったネタをどうアレンジしお話に組み込むかを知ることができ、とても有益なエッセイ漫画だと思います。
単純にお話としても地域色豊かで面白いです。
こちらも大変内容が充実した1冊です。